肌の色について。

2016年1月20日

肌色(はだいろ)を最近ではクレヨンや鉛筆などでは、別のカラーで例えているそうな。
そもそも肌色は、日本語であり、日本人の肌の色を指すことばだ。当然白だったり黒だったりすることは無い。
ホームページで表現するカラーコードでも  #F1BB93
という例がある。日焼けした程度の肌は小麦色という。

英語圏のフレッシュ(flesh)は、白人肌に近い色ということらしい。決して黒だったり黄色人種のカラーに近いわけでは無いそうな。
flesh #FFE6CE

アメリカでは、たとえば1962年にCrayola社は肌色に相当するfleshの呼称をpeach「ピーチ」と呼び変えている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/肌色

こういう動きもあるようだがwikiの項目だけではアメリカ全体としての動きという印象は無い。

2005年-2006年頃までに、文具メーカーでは『肌色』を廃止して、薄橙(うすだいだい)・ペールオレンジ(pale orange)と置き換えたそうな。

基本日本語を使うのは日本人だけなのに

日本は、東洋人が大半だ。俗に言うところのアジア人の血脈で出来ている種族だ。
黄色人種が主な分類で、黒人も白人も基本的には存在しない。近代の、外交の発展による帰化したりすることで国籍レベルでは日本人の黒人や白人がいるかも知れないが、日本人=黄色人種だ。
日本語を覚えたりする稀有な外国人もいるかも知れないが、『肌色』のことは東洋人の肌の色の意味として認識させれば問題ない気がするが、なにか道理にでも問題があるのだうろか?
現に罵倒の意味合いをこめた単語だと、イエローモンキーだとか、中国ですら日本の事を猿と罵る。
そんな状況下の中で肌色という文字を消滅させようとしている日本の近代の教育の在りようは疑問視せざるを得ない。

日本語を使っている国は日本だけだ。

他の国を見ても、公用語として認めている国は結局日本しかない。
第二次世界大戦などの経緯で日本文化にある程度親しんだ文化圏においても一部の言葉で日本語を端とした言葉は残っていたりするが、日本語自体は日本でしか通用しない程度の単語で、せいぜい1億人ちょっとの人口が母国語としてつかえる程度だ。

「肌色」という単語を変える理由はどこにあるのだろうか?
英語のように国際的に利用されている頻度が高い言語ならば、国際的な価値基準にのっとって差別的な意味合いの単語は減らすという観点があっても理解できなくはない。アメリカのように移民で設立当初から出来ている国なら、色々と配慮が満遍なく回ることは発想として理解できるが、当然日本はそんな国ではない。
しかし日本語は国際舞台で頻繁に用いられるほど、一般的な言語ではないのだから。

移民の為か?

しかし日本語でそこまで国際的な視野を導入する意味はあるのだろうか?と思う。移民なんぞに頼っていてはそれこそ、日本の文化なんぞ容易く倒壊しかねない。シンガポールなどの島国やフランスなどの移民問題などを見ていると、移民に頼る製作を取ると大抵メリットよりも問題の方が大きくなる。
国際的な人員の交流が行われる事の必要性は理解できるが、歴史的にも鎖国とか踏み絵なんぞをやっていた日本で、異文化と交流するには英語教育すらまともに出来ていない現状から考えると、簡単に崩壊するのは眼に見える。実際外国人労働者にたよっていた地域で、仕事が不景気で無くなったあとに出る外国人労働者の問題を考えると、これまた難がでかいはずなのにそのあたりはマスメディアも報道は消極的なので黙殺されている気がしてなら無い。現に日本人と結婚して日本に住んだ事例の外国人の人の不満というのは結構な数インターネット上では見て取れる。基本的な風土にねずいているマイナスな日本文化に外国人が耐えられないという点は大きく有るようにも思う。なぜなら日本人でも絶える事ができず、それらの事象は、隠れ鬱や、ヒステリックといった単語で社会の闇に隠されているのだから。

戦後の日本を見ていてもアメリカかぶれな成長をしてきたような印象は強い。元々白粉という文化があったものの、一時期部分的にガングロだとか日焼けがブームのようなおかしな現象が短期間とはいえ存在していたものの、昨今の美白ブームあったりで、何かと白い肌に憧れは強い民族なのかもしれないと思える面は有る。

結局のところ、漢字や単語が時代とともに移り変わる事が多々あることは理解できる。基本的な字体こそ極端には変わっていないものの、書面に書く文章や単語、字そのものですら、時代で変わっている。このことを差し引いても、「肌色」という単語を他の単語に置き換えて名目上の差別的な表現を無くすというのは日本人的な発想でもないし、日本語の放棄にしか考える事はできない。

最近のアニメや漫画は無国籍な感じがするので肌色についてはどうでもいいのかも知れない。