沖縄でたびたび浮上する「独立」論 と言う記事

沖縄でたびたび浮上する「独立」論 と言う記事があったのですが、度々みかける戦後の歴史観での記事で沖縄被害者論がいつも癪に障るのだが。

沖縄でたびたび浮上する「独立」論 背景と歴史は /早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語

– THE PAGE(2014年5月20日14時25分)

 最初に断っておくと「独立」を訴える声は現在の沖縄でもわずか。琉球新報が2011年に行った「日本における沖縄の立場をどうすべきか」という調査で「独立」は4.7%に過ぎず、「日本の一地域(県)のまま」が61.8%と圧倒的多数。「国内の特別区(自治州)など」は15.3%です。以下に述べるロマンや「本土」にわかってもらえない差別感を持つタイミングで「独立」論がちらほら出てくる傾向があります。
http://news.infoseek.co.jp/article/thepage_20140520-00000012-wordleaf

この記事を読んで腹がたったのは沖縄だけがアメリカに占領された地域であるかのように錯覚させられることだ。現実には、種子島と屋久島より南の奄美大島以南の鹿児島の離島もアメリカ領になっている(沖縄よりも数年本土復帰は早かったが)。
現在でも沖縄本島にはアメリカ軍基地があることで日本政府からの支援や補助金もたんまり貰っているのは沖縄だけで、奄美大島以南から沖縄より上の島は小さいこともあり異境の地的な島々でしかない。空路は沖縄に行くよりも高く、船はフェリーでしかいけない(1日1本)

個人的には、この手の記事で毎回沖縄が被害者ぶっているのはなんとも釈然としない。現在進行形のアメリカ軍基地の問題であれば10割沖縄の言い分がわからなくもないが、いつまでたっても戦後を引きずっているには

沖縄の奄美差別

戦後アメリカは、沖縄県と鹿児島県奄美群島を日本より分割し軍政下に置いた。このため両者の経済は癒着し、本土との流通を閉ざされ経済が疲弊した奄美群島の住民は、経済活動の中心地となった沖縄本島に職を求め移住するということが多くなった。しかし、奄美群島は沖縄県より早い1953年には日本に復帰し、それ以後、沖縄県が返還される1972年までの約20年間にわたり、移住していた6万余人に及ぶ奄美群島出身者は、「在沖奄美人」と称されて様々な社会的制約をうけることとなった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/沖縄の奄美差別

昔のこと(1972年まで)とはいえ、なんというか、中国とかに似た価値観な気がして為らない点は存在する。

参考文献
佐野眞一 『沖縄 だれにも書かれたくなかった戦後史』 集英社インターナショナル 2008年9月 ISBN 4797671858
法政大学大原社会問題研究所 『雑誌509号 沖縄・奄美非合法共産党文書』 2001年4月

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