「子育ての衝撃」と人種差別について

2016年12月14日

面白い引用があったのでメモとして残しておく。

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“アメリカで昨年出版された「子育ての衝撃」という本が話題になっている。本書で最も驚くべきくだりの一つは、人種差別にかかわる部分だ。著者の ポー・ブロンソンらの調査によれば、子供たちに人種の多様性を教えようとする私たちの方針は、根本から間違っているという。
 私たちはこんなふうに考えがちだ。現代の社会には、もう露骨な人種差別はほとんどない。いまや子供たちは、多様な人種が入り交じる環境の中で育っ ている。彼らはそうした環境の中で、他の人種とうまくつきあっていく方法を自然に学んでいくだろう。だから私たちは子供たちに対して、人種について、皮膚 の色について語るべきではない。わざわざ寝た子を起こすことはない、と。

 しかしブロンソンらの調査結果は、私たちの楽観に冷水を浴びせかけるものだった。

 事実はこうだ。白人の高校生で、他の人種の親友を持つものはわずか8%。多くの人種が通う学校の生徒たちほど、人種間の交流は少ない。白人の親の 75%は、子供たちと人種についてほとんど語り合わない。小学3年生以上になると、人種への偏見を変えるのは困難になるが、多くの両親がこの話題について 話しても大丈夫と考えるのは、その後になってからである。

 要するに、大人が人種についての話題を避けたままでいると、多くの子供はのびのびと立派な差別主義者になってしまう、ということだ。”

http://motomocomo.tumblr.com/post/18658845953

要するに、大人が人種についての話題を避けたままでいると多くの子供はのびのびと立派な差別主義者になってしまう、ということだ。

ということは、人種ということについて、正しく議論する必要があるということか?
しかし日本の教育現場どころか社会に出ても人種ということに触れる機会は少ない。
それでも日本で人種差別があまり問題化しないのはそもそものさまざまな人種が存在しないことに起因するのだろうか?
でもまぁ日本人は日本人の中でも多少の違いで陰湿的に差別やいじめを繰り替えす人種だったりするので、とてもじゃないけど、多国籍な社会には程遠いので、人種云々の議題以前の問題だとも思う。
かつて部落差別だとか公害に関する差別の問題があったことを知らない世代もたくさんいるとは思う。
意外と日本人は異なる物を差別しなくても関わらないようにする(見ない関わらないなどという行為で黙殺する)ことが大好きな社会でなりたっている悪い部分がある。
大の大人でも村社会とかは陰湿極まりない社会だったりするので、本当悪質な部分って日本は直視して議論しないよなぁと思うのでした。
それでもいじめが大人の社会に蔓延しているなかで、大人が「いじめよくない」と言ったとしても何の説得力もないのでこの点は日本は相当未熟な国だと思うのでした。