体罰擁護派はバカ

叩けばよくなるとかお前は鉄か何かか?という話だ。
人を叩けば、能力が向上するなら、北朝鮮のような国はさぞかし優秀な人材で満ち溢れているだろう。
韓国軍内でのいじめで自殺者の問題がでていたが、韓国軍は優秀な軍か?

体罰擁護は能力が無いことの現われだ。
指導者としては3流未満。むしろ犯罪者だ。
最初に無知な体罰擁護派は何を庇っているのかと体罰の危険性を自覚する必要があると思う。

  • 体罰の心理学 ~体罰の限界と副作用(危険性)~
    体罰の心理学:限界と副作用:心理学総合案内こころの散歩道
  • まぁ考える知能よりも筋肉だけが肥大化した体育会系は既に体罰で脳まで汚染されている人が大半だと思うので自分で調べたり考えることすら出来ないのだろうけども。

    体罰は禁止されている

    体罰を行う人たちは禁止されている行為を行っているという点で飲酒運転などと大差ない。ようするに法に触れることを平然とやっているのだ。

  • 外出して外食してアルコールを飲んで電車が無いから⇒車を運転するドライバーと大してかわらない。⇒犯罪
  • 指導して⇒言ったとおりにならない⇒体罰⇒犯罪
  • 体罰は立派な犯罪だ。体罰を行う人間は、それが犯罪行為だという認識がかけている。知っていてやっていたら、もう精神がイカレているのではという印象しか受けない。

    教育現場での体罰禁止は文科省が2006年に通達を出している。
    それでも部活動などでの体罰はなくなっていない。
    体罰での自殺者も出ている。
    しかしそれでも体罰はなくならない。
    暴力中毒だろう。体育会系にはどうもこの手の事件が多い。
    DVがなくならなのと同じように体罰は中毒なんだろう。
    子供がかんしゃくおこして暴れるのと大差ない感情だけでの公道だ。火病とも大差ない。大の大人が暴力を自制できないというのは、精神疾患だ。

    暴力の行使は正当防衛くらいでしか現代社会では発揮するばはないと思うのだが、無抵抗の人間を権力がある立場が殴る蹴るする部活動顧問とか人として糞未満だろう。

    ■「懲戒」との区別徹底、文科省が通知

     大阪市立桜宮高の体罰問題を受け、文部科学省では学校現場での体罰厳禁を徹底するよう、繰り返し指導している。昨年3月には、学校教育法で禁止されている「体罰」と、生徒指導上認められている「懲戒」との区別を明確に示す通知を全国に出した。体罰行為として、子供を一切教室から出さず、トイレにも行かせないことなどを例示する一方、放課後の居残りや練習に遅刻した生徒を試合に出さないことは、懲戒に当たると規定している。
    http://sankei.jp.msn.com/life/news/140802/edc14080211430003-n3.htm

    実際『文部科学省では学校現場での体罰厳禁を徹底するよう、繰り返し指導』となっているのに守れない教員は必要ないだろう。排除すべきだ。

    学生と教員

    学生と教員は立場が違う。
    学生は未成年だ。
    教員は成人だ。
    学生が教員を殴れば退学・停学になる可能性が有る。
    教員が生徒に手を上げたらどうなるのかは、従来は学校内だけで処理されていたことが問題。⇒結果体罰が野放しになっていた。
    体罰は体罰ということばにすりかえた犯罪行為でしかない。
    いじめも「いじめ」という言葉でニュアンスをごまかそうとするが、中には酷い暴力や陰湿ないじめがあることを見過ごしている日本の文化だろう。
    自殺者が出ても一向になくならないいじめと体罰は厳罰にするべきだと思う。
    罰がないから蔓延っているようにしか感じない。

    体罰擁護派の愚かさ

    体罰擁護派が多いのは体罰指導で刷り込まれてそれを否定すると自分の経験を否定するため擁護するのだそうな。部活動などで体罰顧問を擁護する場合は大抵社会的な地位によりすがる傾向が強い(進学や推薦など)。結局体罰擁護派はバカでしかないということは明らかだ。
    麻薬や覚せい剤タバコなどが体に悪いと解っていても常用するような中毒者と大差ない。一度手にしたら辞められなくなるジャンキー集団。
    体罰が違法行為なのに体罰が必要だとか抜かす人がどの程度の知能なのかは容易に見て取れる。
    彼らは違法行為か、法に触れないことなのかという線引きもできないのだ。
    自ら「ばかでぇーす犯罪大好きです。」と主張しているようなものだ。
    SMであれば理解の有る人同士だけでやっていてくれと思う。

    体罰擁護は犯罪

    体罰は必要だ というバカがいるようだが犯罪行為を後押しすることは犯罪の幇助ともとれる。
    体罰指導者の過去の功績と指導力は別物だ。
    能力がない人間をスポーツのプロに育てられる神は存在しない。
    プロスポーツ選手が一流の監督が務まるかというのも比例しない。
    体罰という犯罪行為を用いて指導することはドーピングして試合することと大して変わらない反則技だ。反則以前に法律に触れている。このことにキヅカナイ体罰擁護派はオツムが足りないことを自分で表現している。

    暴力は運動に効果無し

    体罰擁護派がたまに体罰教師を擁護する内容で見かける、あのコロはよかっただとかあの指導者がいなければ、成り立たないという錯覚。
    これは事件に巻き込まれて犯罪者を庇うのとにている気がする。共犯になった罪を隠すために体罰という罪を擁護している自衛本能。
    体罰についての研究もたしか行われていた筈だが体罰の有無と運動能力や技術の向上に影響は無いとまで言われている。むしろ体罰を行った方がミスへの恐怖心や緊張によるものでマイナス要素の方が大きくなる。あと体罰の指導を受けた人間は誰かに教えるときに体罰を行使する事例が多いように感じる。人を殴ることに躊躇がなくなっていくのだろう。ただの犯罪者の連鎖だ。

    殴って理解するのは間違い

    殴って理解するのは恐怖政治と変わらない。
    中国あたりで、嘘の罪で逮捕して拷問していたりする事例や北朝鮮の強制収容所と根底は大差ない。
    人は暴力でしか人を押さえつけることができないのが現実。だからといって暴力に晒された人を完全にコントロールできるようにはならない。

    2020年オリンピック

    東京でオリンピック開催らしいが、高校の部活動でこれほど体罰が蔓延している運動部の状況で果たして体罰で育ってきた選手が日の目を浴びてもいいのだろうか?世界で体罰を使った指導で強くなるという話は聞いたことが無い。普通は体罰なんぞもってのほかでありこの点では日本は恥じるべきことなのだが、よくもまぁこんな状況で2020年東京オリンピックなんぞ開催しようと思ったものだと感じる。

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